2022-01-01から1年間の記事一覧
リベラルを自認する身としては本作を鑑賞して「多様性バンザイ!」と快哉を叫ぶ予定だった。しかし、おそらくロシアであろう矯正施設の責任者が”自然の摂理”に則って性的マイノリティを治療すると語った場面あたりからなんだか考え込んでしまった。”自然の摂…
「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」公開にあたり、2018年公開の「ブラックパンサー」が劇場で上映中。「危機に瀕したとき、賢者は橋をかけ、愚者は壁を造る。」ラストで、ワカンダ国王でありブラックパンサーであるティ・チャラ(故チャドウィック…
2003年には世に出ていた金原ひとみをようやく認識する自分の愚鈍さと食わず嫌い。 それでもこの作家に邂逅したことは今年の福音。 本書はずっと立ち読みしていたのだが、やはりこれは尋常ではないと購入に至った。 「この私でこの世界で生きていくしかないこ…
「お前、弟のジョーイとファックしたか?!ファックしたんだろ!」(狂)「ああやったわよ、あんたのより立派だったわよ、町中の男のをくわえてやったわよ」(逆ギレ)ボコボコボコボコ(殴)病的な猜疑心の主人公ジェイクが、妻のビッキーに弟とセックスした…
おっぱい出しちゃって、奴隷になっちゃって、とびきりの表情で、「カノンさま、愛してる!」って、自己の解放を仰ぐ。この息苦しい国にあって、これ以上の素晴らしい突き抜けはない。ブラーボ!新しい映画を観たという充足感。映画が始まるや既視感ゼロな面…
男女関係を、愛で語るのはもうやめにしないか。AIが何でもかんでもの時代に、男女の議論はいまだ旧石器時代だ。私たちはホルモンに支配されている。誰かを好きになるのは完全にこいつの仕業である。このことが自明になって久しい。私たち自身に恋愛の自治権…
主人公バンジャマンと一緒に死ぬことができる映画だ。死ぬことは怖かった。なにも成し遂げていないのに死ぬと思ったらとても哀しかった。オレは演劇教師なのだが、生徒の肌と肌が重なるところが愛そのものに輝いて見えた。もっと演技レッスンがしたくなった…
☆クライマックスに関するネタバレあり☆寓話だと思って、そんなに真剣に取り合わない方がいいのだろうか。阿部サダヲ演じる牧本の「無垢」「天然」「空気が読めない」は『キャラ』だと割り切って、笑うか、ほっこりしていればいいのだろうか。ただキャラと割…
下品な映画だ。下品なオレが下品だということは、一般的には「きれいな映画だ」ということになる。一般?!なんだそりゃ。一般なんて人はいないし、自分は一般人と思っている人もいない。みんな固有の美と悪と臭さとズルさと素直さと性欲とかゆみと虫刺され…
2020年の幡ケ谷バス停殺人事件。バス停で眠っていた60代の女性が近所の男性に「邪魔だった」と殴り殺された事件。彼女の所持金は8円だった。若き日は劇団でキラキラと活動し、結婚は夫の暴力で破綻し、スーパーの試食販売員として活躍し、家族には絵葉書を送…
野心的なつくりの映画だ。ダイアナの生涯やエピソードをたどって共感を呼び起こす伝記映画ではない。常に響き渡るダイアナを蝕む音楽、苦痛に顔をゆがめるダイアナのクローズアップ、周囲の人々の険しい無表情、重たい油絵のような色調やグレーの冷たい色調…
一人称による独白形式で書かれた小説。25歳の主人公さわ子が「社会」という言葉を使うところが2箇所ある。「私は大河内さんとそのあとも四回くらい、一緒に夕ごはんを食べ、食後に手を繋いだ。大河内さんと一緒にいるとき、私は非常に醒めている。それでも…
客席で「名人かよ」とつぶやき、息を吐いた。エンドロール、曲は「スロウタイム」。ラストシークエンス。これまで無反応だった父(金田明夫)が初めて長女を名前で呼ぶ。「さわちゃん」カットバックでさわ子(福永朱梨)が大きく映る。父の呼びかけに照れな…
その手があったか。上司がどうしてもイヤで、妻の寝顔がどうしてもイヤで、政権与党がどうしてもイヤならば”失踪”してしまえばいいのだ。年間行方不明届は約8万件。そんな甘美な夢に田中裕子が仁王立ちでストップをかける。30年間夫の帰りを待つ女。それを想…
「ザ・マスター」(2012年公開)ポール・トーマス・アンダーソン監督中洲大洋劇場にてリバイバル上映ありがと♪全然歯が立たなかった。わからない時間がずーと続いていた。終わったとき他のお客さんに「え、えー--!これ、わかりました!?」ってブンブン揺…
ダチのマリコ(奈緒)を亡くしたシイノ(永野芽郁)は、遺骨を抱いて旅に出る。いまどき「ダチ」だって、いいね。シイノは、ラーメンひと口がやけにデカくて、スマホの画面が割れていて、「クソ上司」と登録していて、営業職なのに髪が明るくて、靴のスペア…
2019年香港の民主化デモを描いたドキュメンタリー。映像で観るその様相はデモというより内戦で、香港は戦場だった。体制維持のためなら自国民を粛々と殺す「国家の実相」が映っている。普通選挙の実現などを要求したデモ参加者は、香港市民700万人のうち200…
「尊敬する監督は?」と聞かれたとき映画好きは何と答えるだろうか。愛好家がいる場面では「成瀬己喜男」とマウントを取りにいくだろうか。女子にモテたいときは「PTA、あ、ゴメン、ポールトーマスアンダーソン」とスカすか。「ビッグボス、新庄だね!」は避…
理屈の通った世界で生きていると思っている。1に1を足せば2になり、働けば対価があり、罪を犯せば罰がある世界。真面目にやっていれば、まぁ何とかなる世界。ところがこれは人間の論理である。四方を山々が囲み、無慈悲な風が草原を揺らし、鈍ぃ陽光しか差…
PFFでグランプリを獲った気鋭監督の青春映画である。恥ずかしい。きっと私は苦り切った顔でスクリーンを観ていたことだろう。青春映画。バイクふたり乗り、ぶつかり合う裸、レコードとカセットテープ、ここではないどこかへ、赤いブラジャー、親との確執、喧…
冒頭から”やさしい”がありました。後部座席のネリーは運転中のママの口元に菓子を運ぶ。自分が食べているスナックをママにもひとつ、ふたつ、みっつと無言で口元へ。ママも素直にサクサク食べる。次にストローを差し出す。そろそろジュースでしょという感じ…
「こちらあみ子」のよい評判は聞いていた。主題性においても、撮影技法(哲学)においても傑作と評する方がいることを。封切り時は行けなかったが、今また劇場でかけてくれているので足を運ぶ。鑑賞後のことだが、『私もあみ子だった』『私の中にもあみ子は…
「そんなバカなことあるか、コラ」まるで小学校低学年のガキが考えたような映画の決着。なんだこれ金返せとでも言いたいところだが、笑うしかなかった。だって実話だというのだから反論のしようがない。だから本当に客席で笑った。私財を投げ打ち、貧しい生…
松井玲奈が演じる顔の左側にアザを持つアイコ。そんなアイコと一緒に旅するような100分の映画だ。彼女の内面に耳を澄ます100分間。 旅の始まりは彼女にアザがあることで、がんばれって気持ちで寄り添っていたかもしれない。アイコはやがて映画監督の飛坂(と…
深田晃司監督の「LOVE LIFE」があまりに素晴らしかった中、市の映像ホールで同監督の2011年「歓待」が公開されていた。監督の源流を観たくて足を運ぶ。そして返り討ちに合う。---------------------------------第23回東京国際映画祭日本映画・ある視点部門…
映画を観ているときというのは、たいてい思考が回転します。映画の場面に触発されて、過去を思い出したり、自分なりの意見が浮かんだりする感じです。それら思考は主に言葉で行われます。「ヘルドッグス」を鑑賞しているとき、思考はまったく回転しませんで…
荻上直子。やべぇ監督である。この作品の世界観を「ああ、癒されるぅ、いいなぁ」なんて思ったら焼きが回って、猥褻な資本主義社会に二度と戻れなくなる。宣伝コピー。『「おいしい食」と「ささやかなシアワセ」』バカ言うな、そんな映画じゃねぇだろ。何カ…
映画はこういうことさえできるのかと思い知る。主人公クラリスが見たもの、聴いたものは、本来ならば彼女以外は誰も共有できないはずのものだ。それはクラリスの主観であり、極めてパーナルな思念だからだ。しかしこの映画はそれを具現化した。絶対不可能と…
「人間とはなにか」が知りたくて映画を観る。知ったからと言って幸福に生きられるようになるわけではない。それなのになおも知りたいのだ。この得体のしれない自分というものがなんなのか。人間というものが、不気味で不安で仕方がないから、どうしても具体…
のんは男でも女でもない、男でもあり女でもある。のんは愚者でも賢者でもない、愚者であり賢者でもある。この作品を観ていると自分の世界観がのんによってガラガラと壊される。のんが学ランを着て堂々と男子を演じているのはどう考えてもおかしいはずなのだ…