映画館に帰ります。

暗がりで身を沈めてスクリーンを見つめること。何かを考えたり、何も考えなかったり、何かを思い出したり、途中でトイレに行ったり。現実を生きるために映画館はいつもミカタでいてくれます。作品内容の一部にふれることもあります。みなさんの映画を観たご感想も楽しみにしております。

映画「こちらあみ子」 私が棄てたあみ子

「こちらあみ子」のよい評判は聞いていた。主題性においても、撮影技法(哲学)においても傑作と評する方がいることを。封切り時は行けなかったが、今また劇場でかけてくれているので足を運ぶ。

鑑賞後のことだが、『私もあみ子だった』『私の中にもあみ子はいた』というレビューの多さに面食らった。本当か。全然そんな風に見えなかったよ。子どものころオレ以外のみんなはまっとうで、楽しそうに見えていた。社会に馴染めず苦労があるなんて全然見えなかった。実は世の中にはこんなにもあみ子がいたんだね。そしてオレも負けず劣らず誰よりもこの世に似つかわしくない存在だと思っていた。オレこそ「元祖あみ子」「本家あみ子」と名乗りたいくらいに。

でもね、なのにね。

オレは映画を観ているあいだずっと「あみ子やだなぁ」って思ってた。「どうすりゃいいんだ、もしあみ子が自分の子だったら」って暗澹たる思いでいた。ハッとした。子どものころはあみ子だったオレは、もう反対岸、社会の側に行っちゃったんだろうか。

あみ子をただただ異物としか見られないのは、オレがもともと「筋金入りのあみ子」だった近親憎悪だろうか。日頃は他者への寛容を気取っているが、実は排外主義的であるオレの地金が出たのだろうか。オレ、あみ子がモンスターにしか見えないんだ。

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オレは「自分の子がほしくない」で今に至ってる。自分のような子がこの世に生まれることに嫌悪があった。子どもを望んでいると屈託なく言う人に「どれだけ自分に自信があるんだ」と軽蔑と羨望を抱く。今も昔も。

いつもなぜかウソばかりを口にした。クリームサンドクッキーは、クリームを下の歯でこそいでクッキーだけを皿に戻した。他人の家でもこれをやった。ウンコを漏らしたブリーフを隣家に投げ入れた。よその家の鍵穴に枝を差し込み鍵穴が塞がってしまった。何度も何度も親の財布から1万円札を盗んだ。足の悪い男の子を突いて、鉄条網で頭を負傷させ何針も縫わせた。で、オレはやってないと白を切った。ジャングルジムの上からコブシ大の石を投げ、弟の頭にあてた。すべての行動に理由がなかった。衝動だから自分を抑えられなかった。自分はいつか必ず人を殺すと信じて怯えて生きる「ガチのあみ子」だった。

だからなのか今でも自己肯定感というコトバが嫌いだ。「自己肯定感を育む」。うるさいなぁ。他人を見下して自分は大丈夫と確認することがそんなに大事か。「日々に感謝して今日を精一杯生きる」。そういうのは他所でやってくれ。

上映中は、父・井浦と母・尾野がただただ気の毒でならなかった。しかし評論の中には父母の過失に言及するものもあり、心底驚いた。そんなことまったく思いつきもしなかったから。元あみ子としては、「父母は悪くないよ、ただ子どもがモンスターで生まれてきちゃっただけなんだよ!」と思う。父母があみ子に応答しなかった罪がある?!いやいやあみ子は誰にも発信なんか出来てなかったよ。ただモンスターが衝動にまかせて咆哮していただけだよ。

坊主頭クンとの交流の尊さを評論しているものもあった。坊主頭クンの表情も言葉も見過ごしていた。クサいと言ったことしかわかってなかった。オレもあみ子同様、坊主頭クンのことも、誰のことも見えていなかった。

なんてことだろう。

オレはあみ子に共感できず、父母にシンパシーしながらも自らは親になることを放棄していて、周囲の人々の機微にはまったく無関心という観客だった。誰よりも「元あみ子」だと思いながら、もはやあみ子を憎んでいる。まるで元共産党員が保守系新聞社の社長になったみたいだ。

YouTubeで鈴木祥二郎さんという俳優さんが豊かにこの映画を評している。主題性ではなく、撮影技法(固定のロングショット、長廻し、ラストシークエンス)などから監督の意図を汲もうとしている語りが素晴らしい。

オレも鈴木さんのようにこの映画を感じたかったのに疎外感しかない。オレは元あみ子なのになんでなにも感じないのだろう。お前なんかもうクレイジーでもないし、優しくないし、はみ出し者じゃないし、不幸でもないし、なんでもないんだよ。そう誰かが言っている気がする。そういうことだろうか。ひどくさびしい。

生きるために自分で自分のあみ子を撲殺したんだろうか。あみ子という自由さと狂気。それともオレにはそもそもあみ子性なんてなかったんだろうか。
 
おばけの音なんかちっとも聞こえない。

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