映画館に帰ります。

暗がりで身を沈めてスクリーンを見つめること。何かを考えたり、何も考えなかったり、何かを思い出したり、途中でトイレに行ったり。現実を生きるために映画館はいつもミカタでいてくれます。作品内容の一部にふれることもあります。みなさんの映画を観たご感想も楽しみにしております。

映画「千夜、一夜」 1発30年ではセックスには荷が重い

その手があったか。

上司がどうしてもイヤで、妻の寝顔がどうしてもイヤで、政権与党がどうしてもイヤならば”失踪”してしまえばいいのだ。

年間行方不明届は約8万件。

そんな甘美な夢に田中裕子が仁王立ちでストップをかける。

30年間夫の帰りを待つ女。

それを想像して本当に”失踪”なんてできるだろうか。

田中裕子がコケシのような目でずっと日本海の水平線を見つめてオレの帰りを待っているのである。

誰もいない家に「ただいま」と呼びかけ、思い出のカセットをテープがちぎれるまで聞き、夜な夜なここにはいない夫と対話しているのだ。

こわい。白石加代子の「百物語」よりあのアンニュイな声で狂ってしゃべっている田中裕子の方が百倍こわい。

”失踪”なんてしても自由を謳歌できないよ。いつ田中裕子がオレの肩を叩いてくるか、いつ田中裕子が柱の陰からじっとこっちを見ているか、いつコケシ裕子がオレの布団にもぐり込んでくるか。きゃぁぁぁぁぁ、インポになるぅ、確実に!

はい失踪やめます。

文化庁助成金を出すのもいいが、「警察庁推薦映画」にすべきだ。失踪者の大幅な抑制が期待できる。現に沢田研二は田中裕子と結婚してから、勝手にしやがってもいないし、TOKIOが空を飛んでもおらず、順調に好々爺化して「土を喰らう十二ヵ月」の公開を控えている。もはやジュリーという名からもっとも遠くへ行ってしまった。


田中裕子がいる限り男はどこにも逃げられはしない。

水産加工会社で田中裕子とバディ感を出している女優は田島令子だ。長身痩躯でタバコを手放さない。田中裕子とふたりでイカにとどめを刺しながら「あんたどうすんのさ」とハードボイルドを漂わせている。佐渡の「テルマ&ルイーズ」。マブい。田島令子は「ベルサイユのバラ」のオスカル声優であり、「おかあさんといっしょ」のおはなしおねえさん、現在73歳。シビれる。喪服スカートは膝上丈、黒いストッキングの美脚で足を組む。エロい。「海街diary」の長澤まさみみたいな奇跡の黒ストッキング生脱ぎシーンは残念ながら編集カットされていたようだ。オシい。


「30年待つ女」は映画のためのファンタジーにしか思えないのだが、田中裕子がやるからリアリティーが生じてしまう。「もしかしたらそれもあり得るかも」と。そうであっても30年という歳月は分厚い。30年という時間の前では、待つ方も待たれる方もその理由を喪失してしまう。なんで待っているのか。なんで失踪したのか。もうその理由はどこかに消えてしまい、人間だけが波打ち際に置き去りにされている。

佐渡の海岸線を彷徨する田中裕子のロングショット。

この映画のファーストショットは狂おしい男女のセックスだった。わたしが一番きれいだったときに消えた夫を待ち続ける理由がそれだというならば、いささかセックスに意味を持たせすぎだ。1発30年ではセックスには荷が重く、セックスにも気の毒だ。

セックスを愛に置き換えてもいい。

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