映画館に帰ります。

暗がりで身を沈めてスクリーンを見つめること。何かを考えたり、何も考えなかったり、何かを思い出したり、途中でトイレに行ったり。現実を生きるために映画館はいつもミカタでいてくれます。作品内容の一部にふれることもあります。みなさんの映画を観たご感想も楽しみにしております。

映画「658㎞、陽子の旅」 陽子という明るい名前の彼女

□「外で待ってる」

チャットでユーザーからの質問に答える仕事
画面越しの心ない言葉に傷つけられる

和室のアパートにはベッドとローテーブル
トイレットペーパーをティッシュ代わりにする

夜はノートPCを枕元に横立てして
配信ドラマを見ながらいつのまにか眠っている

化粧をしていない菊地凛子
別にきれいってわけじゃないけど

このみすぼらしい生がどこへ進むのかと
すっかり虜になってしまった

だって彼女はまるで自分みたいだから

そこに従兄の竹原ピストルが訪ねてくる
父が死んだという

明日12時が出棺だから車で青森に向かうのだ
彼は早く支度をしろと言う

「外で待ってる」

□生きてる人間とは話せない

スマホが壊れサービスエリアで取り残される
そうすると人間は地球上で独りぼっちになる

「青森まで乗せてくれませんか」

ずっとひとりだった彼女はうまく話せない
トイレの個室でそのセリフを練習するほどに

ときおり幻影のように現れる父親には
饒舌に話せるのに生きてる人間とは話せない

□彼女の顔は美しかった

東京から福島、宮城を通過して青森へ

いい人がいた
悪いやつがいた

彼女は海で眠り波をかぶり
寒いと言って狂気のように笑った

野積みされた汚染土の黒い袋が広がる景色
おかしくなってしまったのは東北の大地なのか
それとも人間の方なのか

心なしか傷ついた土地の住人の方が
彼女に優しい気がする

「なんの なんの」と
車に乗せても押しつけがましいところがない

彼女は最初のころ”ありがとう”が言えなかった
それが老夫婦の手を握って頭を垂れたり
切々と感謝の言葉を紡ぐようになる

そうなるにはこの一晩で
彼女はあまりに傷ついたのだが



リンゴ畑 落ちてくる大きな雪片 暗い空
もらった青いマフラーと厚ぼったいブーツ

相変わらず化粧のない彼女
父の家の前に降り立った彼女の顔は美しかった

竹原ピストルが出てきた
出棺はまだ待ってもらっていると言う

658㎞
間に合わなかったのに間に合った

「中で待ってる」

陽子に向かってそう言った



#映画館が好きな人と繋がりたい #映画 #映画好きな人と繋がりたい #菊地凛子 #竹原ピストル #オダギリジョー #風吹ジュン #熊切和嘉 #浜野謙太 #仁村紗和 #658km陽子の旅 #陽子の旅