映画館に帰ります。

暗がりで身を沈めてスクリーンを見つめること。何かを考えたり、何も考えなかったり、何かを思い出したり、途中でトイレに行ったり。現実を生きるために映画館はいつもミカタでいてくれます。作品内容の一部にふれることもあります。みなさんの映画を観たご感想も楽しみにしております。

映画「ヘアー」(午前十時の映画祭) そして髪を切った

午前10時の映画祭にて再上映(町山智浩氏の解説あり)「ヘアー」 1979年 監督:ミロス・フォアマン「カッコーの巣の上で」や「アマデウス」のミロス・フォアマンは、チェコスロヴァキア出身でアメリカに移住した映画監督。本作は1968年上演のブロードウェイ…

映画「とべない風船」 引き波と三浦透子を見ていたい

□「とべない風船」(2023年1月公開) 監督・脚本は広島を拠点にCMディレクターなどを手がける宮川博至。「平成30年7月豪雨」をテーマにしたオール広島ロケの作品。地方発で大手資本が入っておらず独立系プロダクション製作での全国公開。出演は東出昌大、三…

ドラマ「舞妓さんちのまかないさん」 舞台にあがる子、舞台から降りる子

□「舞妓さんちのまかないさん」(全9話) NETFLIXで配信中是枝裕和が総合演出・監督・脚本を務める。撮影に近藤龍人など映画界屈指のスタッフが集結。本作は料理が重要なモチーフ。「かもめ食堂」「南極料理人」の飯島奈美がフードスタイリストを担当。出演…

映画「離れ離れになっても」 自分たちを熱くさせてくれるもの

□かつての若者たちの叙事詩1982年のローマ、16歳の4人の少年少女が出会います。彼らは自力で修理した赤い車に乗り込み、「自分たちを熱くさせてくれるものに乾杯」と歓喜します。そのなかで唯一の女の子ジェンマとパオロは恋に落ち、ジュリオとリカルドはお…

ドラマ「透明なゆりかご」 それでも子どもがほしいと思えた

□「透明なゆりかご」(全10話) NHKオンデマンドで視聴2018年に放送され多くのドラマ賞を獲得。脚本は「 #100万回言えばよかった 」「 #きのう何食べた? 」の安達奈緒子。出演は清原果耶、瀬戸康史、水川あさみ、原田美枝子、酒井若菜ほか.□生まれる命と消…

映画「モリコーネ 映画が恋した音楽家」 君への想いは変わらない

勤勉で謙虚な天才。彼の音楽が次々と紹介されていく。それは映画史そのもの。創った曲はいつもまず妻の意見を求める。知らない作品も少なくないのに鼓動が高鳴ってくる。悲しくもないのにメロディで泣きそうになる。荒野の用心棒、アンタッチャブル、ワンス…

映画「SHE SAID シーセッドその名を暴け」 虐待と恐怖が”普通”の世界

「ママはレイプをつかまえているの?」権力者の性的暴行を暴こうとする女性記者ジョディ。彼女の幼い娘がそう聞いてくる。小さな子どもたちまでがそんな言葉を使っていることにジョディは慟哭する。自分の娘には虐待のある世界を”普通のこと”だと思ってほし…

映画「泣いたり笑ったり」 ブラジャーをしています

孫までいる推定60代の男ふたりが「ボクたち結婚します」とカミングアウト。 白髪キザなおっちゃんは「トニ」ゴツい漁師のおっちゃんは「カルロ」 このふたりがジュテーム♥ それぞれの家族では「男かよ!」と大騒ぎ。 カルロの息子サンドロさん「ざけんな、オ…

映画「オレの記念日」 冤罪でも楽しい

20歳から49歳までの29年間、無実で服役した桜井昌司氏。 「冤罪で捕まって、よかった」 「刑務所ではつらつと楽しく過ごしました」 沈鬱な冤罪ノンフィクションを想像すると、突飛な彼の言葉にあ然とする。 言葉の力。 目の前の状況を正確に表すのが言葉だが…

映画「恋のいばら」 あなたがいるから映画館

お客さんはふたりでした。もうひとり女性のお客さんは居心地が悪かったかもしれないけれど、自分はとても助かりました。映画館に自分以外のお客さんがいることは大事です。 例えば…『他のお客さんがいるから、鼻毛とか抜かないでちゃんと観よう。』とか、『…

映画「非常宣言」 まんじりともしなかったのに、まんじりともしなかった

「非常宣言」 航空機パニックムービーとして一級品だが、その凶器が感染ウィルスということで、"自分の映画"だと今を生きる観客を引き寄せしまう剛腕ぶり。犯人の素性や動機を知りたいという観客の気持ちはあっけなく砕かれ、そのあたりも非常に今日的だ。事…

映画「クライング・ゲーム」(再上映) 立ち尽くす赤いポスター

1993年にアカデミー脚本賞を受賞したサスペンスドラマの劇場再上映。主人公のファーガスはIRA兵士で、人質として拉致したイギリス兵ジョディの見張り役を務める。敵対する立場ながらふたりは会話を重ね、奇妙な関係が成立していく。主導権は拉致されているイ…

映画「THE FIRST SLAM DUNK」 死の匂い

いま新しい表現の誕生に立ち会っているという喜びと戸惑いがある。「かぐや姫の物語」を観たときの衝撃がよみがえる。それは新しい表現とともに、作品に強烈な”痛切さ”が流れているからだ。どうしても描かなければいけない”痛切さ”があり、そのためには何と…

映画「ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY」 娘を抱けないスターというシステム

歌声が注目されて、彼女が笑う。眩いライトを浴びて、彼女が笑う。スーパーボールで歌い、彼女が笑う。彼女の最期を知っているだけに、全ては終局へのカウントダウンのようで胸が痛い。一段ずつ駆けあがるスターへの階段が、「十三階段」のように感じる。 高…

映画「七人楽隊」 あと1回、あと1回という焦燥

7人の香港映画監督によるオムニバス。1950年代から未来にかけてまでの香港を監督たちが分担して描いていく。歴史を振り返ると香港も実に数奇なところだ。 1842年 アヘン戦争後、イギリス領となる 1941年 第二次大戦下、日本領となる 1945年 終戦後、イギリス…

映画「中島みゆき劇場版ライヴヒストリー2」 中島みゆき歌合戦

2004年~2020年ライブからの15曲。MCなしの90分。すべては歌にあると言わんばかりの説得力。彼女は絶望と希望に憑依され、祈りを歌う巫女のようだった。『命につく名前を心と呼ぶ 名もなきキミにも名もなきボクにも』唸るように伸びゆく歌声が映画館に轟く。…

映画「ラーゲリより愛を込めて」 脳内で違うストーリーに書き換えた

上映中、一方では演出が好みではないと閉口し、もう一方ではこの題材に取り組んだ製作陣に敬意を抱いた。そんな両方の意味で「なんだこの映画」と思いながら、閉口と敬意の均衡でスクリーンに強く集中していた。松坂桃李の「私はまた卑怯に戻ったのです」と…

ノンフィクション「東電OL事件 DNAが暴いた闇」(読売新聞社会部) ワールドカップより国民を意識するとき

2012年に読売新聞社会部が、東京電力女性社員殺人事件の有罪確定から無罪に覆った経緯を振り返ったノンフィクション。 1997年 東京電力女性社員殺害事件 2000年 第一審で被告に無罪判決 同年 逆転有罪判決で無期懲役 2011年 弁護側の要請で新たなDNA鑑定 201…

新書「ベルサイユのばらで読み解くフランス革命」(池田理代子) 革命は美しく散れない

フランス革命には、人間というものの現状変革の可能性と殺戮のおぞましさがある。安保闘争、香港デモ、天安門、ヒジャブ追悼デモ…圧倒的に非力に思える抗議活動であってもフランス革命のことを思う。フランス革命はどういう要素が重なって現状変革が実現した…

新書「異論正論」(石破茂) 本は政治家が透けてくる

政治家の考えを新書1冊の分量で拝聴するのは有意義であった。支持しているか否かに関わらずだ。代議士、つまりわれわれの議会を担っている人の考えを知って損はない。選挙演説やテレビの討論は、じっくり持論を展開できないから、本の方がいい。こうして文章…

映画「かがみの孤城」 ささやかな声、日の差さない部屋。

中学生たちが生きる世界は過酷だ。「だから逃げてもいいし、こんな世界とまともに向き合わなくてもいい。」そう言うのは簡単だが、それができないから苦しんでいる。自分を思い出す。どうして自分は中学から逃げられなかったんだろう。そして、実際に中学に…

映画「ケイコ目を澄ませて」 美しいケイコの音

こんな「はい」を聞いたことがない。「つぎのしあい、たのしみだね」と会長の妻(仙道敦子)に言われたとき。耳の聞こえない彼女は頷くだけでいいのに、声に出して「はい」と言った。ケイコの厚ぼったい背中と、自分で塗った蒼いマニュキア。世界でいちばん…

映画「そばかす」 映画はきっと誰かの味方

誰かの味方のような映画だった。三浦透子が演じる佳純は恋愛感情や性的欲求がない30歳の女性。周囲が恋愛や結婚を急かしてくることへの違和感をひとり抱えて生きている。つき合いの合コンは居心地が悪く、家では妹が出産を控えており、母にはもっと明るい服…

ノンフィクション「虚ろな革命家たち」(佐賀旭)【世の中をよくしたい。世の中なんかよくならない。】

1972年のあさま山荘事件以来、この国は「政治の絶望」から逃れられないでいる。自分より20歳若い著者がこの事件と向き合ってくれた。あの時の若者はなぜ社会を変えようと立ち上がることができたのか。その若者たちはどうして陰惨な挫折をしていったのか。そ…

映画「恋に落ちたシェイクスピア」 うまくいく!謎だけど。

「ロミオとジュリエット」を観ると狂おしくなる。劇場を出るとき”オレも死にたい”という興奮に駆られるのは、この物語の疾走感のせいだ。若きふたりは出会って4日目に死す。でもそれが短いとは思えないし、かわいそうなんてもっと思えない。出会って翌日に結…

小説「むらさきのスカートの女」(今村夏子) ももいろのブリーフの男

「こちらあみ子」「あひる」と読んできて、今村夏子は不穏な語り手だという感触が拭えない。小中学生でも読めそうな平易な文章だが、行間に埋もれている罠が怖くて、一行ずつ地雷を確認するような足取りで読む。本作には「むらさきのスカートの女」という”お…

映画「ハッピーニューイヤー」 私たちには逆のことが起きて翻弄されているから

思い切り苦手なジャンルである。クリスマスシーズンの高級ホテルを舞台とした14人の恋愛群像劇。恋人たちが抱き合っているところにきったなくてくっさいゾンビがあらわれて全員食い殺す。なるべく痛く!なるべく残酷に!なるべく美男美女から!なるべく美男…

映画「人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界 完全版」 指も自意識もないふたり

この人のように生きたいと心から思った。思うどころかそれは祈りに近かった。山野井泰史(やまのいやすし)は、登山における世界最高賞に選ばれるクライマー。少年時代から山に憑りつかれ、ひとり世界中の絶壁にへばりつく。50代の泰史は実にあどけなく、「…

映画「あのこと」 その音を忘れない

妊娠したことを女性だけが抱える映画がある。それが現実だからだ。 母にも言えず、膨らむ腹をひとり見つめる。ひとり黙って苦しむ横顔。 「17歳の瞳に映る世界」「朝が来る」「わたし達はおとな」「ベイビー・ブローカー」…… その時みんな女はひとり。 あと…

小説「ある男」(平野啓一郎) それはそんなに難しくないという顔で

映画では、主人公の城戸と美涼(谷口大祐の元恋人)の関係性の部分は大きく省略されている。二人がこれから本当の谷口大祐に会いに行く車中。その人の何をもってその人であるのかという話をしたあとの部分。これを読むまで"愛し直す"という言葉はきっと私の…