映画館に帰ります。

暗がりで身を沈めてスクリーンを見つめること。何かを考えたり、何も考えなかったり、何かを思い出したり、途中でトイレに行ったり。現実を生きるために映画館はいつもミカタでいてくれます。作品内容の一部にふれることもあります。みなさんの映画を観たご感想も楽しみにしております。

2022-01-01から1年間の記事一覧

映画「ラーゲリより愛を込めて」 脳内で違うストーリーに書き換えた

上映中、一方では演出が好みではないと閉口し、もう一方ではこの題材に取り組んだ製作陣に敬意を抱いた。そんな両方の意味で「なんだこの映画」と思いながら、閉口と敬意の均衡でスクリーンに強く集中していた。松坂桃李の「私はまた卑怯に戻ったのです」と…

ノンフィクション「東電OL事件 DNAが暴いた闇」(読売新聞社会部) ワールドカップより国民を意識するとき

2012年に読売新聞社会部が、東京電力女性社員殺人事件の有罪確定から無罪に覆った経緯を振り返ったノンフィクション。 1997年 東京電力女性社員殺害事件 2000年 第一審で被告に無罪判決 同年 逆転有罪判決で無期懲役 2011年 弁護側の要請で新たなDNA鑑定 201…

新書「ベルサイユのばらで読み解くフランス革命」(池田理代子) 革命は美しく散れない

フランス革命には、人間というものの現状変革の可能性と殺戮のおぞましさがある。安保闘争、香港デモ、天安門、ヒジャブ追悼デモ…圧倒的に非力に思える抗議活動であってもフランス革命のことを思う。フランス革命はどういう要素が重なって現状変革が実現した…

新書「異論正論」(石破茂) 本は政治家が透けてくる

政治家の考えを新書1冊の分量で拝聴するのは有意義であった。支持しているか否かに関わらずだ。代議士、つまりわれわれの議会を担っている人の考えを知って損はない。選挙演説やテレビの討論は、じっくり持論を展開できないから、本の方がいい。こうして文章…

映画「かがみの孤城」 ささやかな声、日の差さない部屋。

中学生たちが生きる世界は過酷だ。「だから逃げてもいいし、こんな世界とまともに向き合わなくてもいい。」そう言うのは簡単だが、それができないから苦しんでいる。自分を思い出す。どうして自分は中学から逃げられなかったんだろう。そして、実際に中学に…

映画「ケイコ目を澄ませて」 美しいケイコの音

こんな「はい」を聞いたことがない。「つぎのしあい、たのしみだね」と会長の妻(仙道敦子)に言われたとき。耳の聞こえない彼女は頷くだけでいいのに、声に出して「はい」と言った。ケイコの厚ぼったい背中と、自分で塗った蒼いマニュキア。世界でいちばん…

映画「そばかす」 映画はきっと誰かの味方

誰かの味方のような映画だった。三浦透子が演じる佳純は恋愛感情や性的欲求がない30歳の女性。周囲が恋愛や結婚を急かしてくることへの違和感をひとり抱えて生きている。つき合いの合コンは居心地が悪く、家では妹が出産を控えており、母にはもっと明るい服…

ノンフィクション「虚ろな革命家たち」(佐賀旭)【世の中をよくしたい。世の中なんかよくならない。】

1972年のあさま山荘事件以来、この国は「政治の絶望」から逃れられないでいる。自分より20歳若い著者がこの事件と向き合ってくれた。あの時の若者はなぜ社会を変えようと立ち上がることができたのか。その若者たちはどうして陰惨な挫折をしていったのか。そ…

映画「恋に落ちたシェイクスピア」 うまくいく!謎だけど。

「ロミオとジュリエット」を観ると狂おしくなる。劇場を出るとき”オレも死にたい”という興奮に駆られるのは、この物語の疾走感のせいだ。若きふたりは出会って4日目に死す。でもそれが短いとは思えないし、かわいそうなんてもっと思えない。出会って翌日に結…

小説「むらさきのスカートの女」(今村夏子) ももいろのブリーフの男

「こちらあみ子」「あひる」と読んできて、今村夏子は不穏な語り手だという感触が拭えない。小中学生でも読めそうな平易な文章だが、行間に埋もれている罠が怖くて、一行ずつ地雷を確認するような足取りで読む。本作には「むらさきのスカートの女」という”お…

映画「ハッピーニューイヤー」 私たちには逆のことが起きて翻弄されているから

思い切り苦手なジャンルである。クリスマスシーズンの高級ホテルを舞台とした14人の恋愛群像劇。恋人たちが抱き合っているところにきったなくてくっさいゾンビがあらわれて全員食い殺す。なるべく痛く!なるべく残酷に!なるべく美男美女から!なるべく美男…

映画「人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界 完全版」 指も自意識もないふたり

この人のように生きたいと心から思った。思うどころかそれは祈りに近かった。山野井泰史(やまのいやすし)は、登山における世界最高賞に選ばれるクライマー。少年時代から山に憑りつかれ、ひとり世界中の絶壁にへばりつく。50代の泰史は実にあどけなく、「…

映画「あのこと」 その音を忘れない

妊娠したことを女性だけが抱える映画がある。それが現実だからだ。 母にも言えず、膨らむ腹をひとり見つめる。ひとり黙って苦しむ横顔。 「17歳の瞳に映る世界」「朝が来る」「わたし達はおとな」「ベイビー・ブローカー」…… その時みんな女はひとり。 あと…

小説「ある男」(平野啓一郎) それはそんなに難しくないという顔で

映画では、主人公の城戸と美涼(谷口大祐の元恋人)の関係性の部分は大きく省略されている。二人がこれから本当の谷口大祐に会いに行く車中。その人の何をもってその人であるのかという話をしたあとの部分。これを読むまで"愛し直す"という言葉はきっと私の…

映画「月の満ち欠け」 尿漏れ、口内炎など

鑑賞後に、廣木隆一監督のこれまでのインタビューとかを出来るだけ読んだ。 やっぱりそうだ。 たとえば恋愛映画のリアルについて監督が語っているコメント。ー--------------------------------------カップルの数だ…

映画「シスター夏のわかれ道」 ショートカットを笑わせろ

まさか中国でデモが起きた。果敢な彼らにどうやって心を寄せたらいいかわからない。自分がデモに加わるわけにも行くまい。しかし心が落ち着かない。だから中国映画に行くことにした。そしたらいつも何かに怒っているショートカットにますます落ち着かなかっ…

映画「ある男」 背中が痛い

冒頭、マグリットの「複製禁止」という絵画からはじまる。絵の中の男はこちらに背を向ける格好で鏡の前に立っているのだが、鏡に映っているのは自分の後ろ姿という奇妙な絵画だ。鑑賞者は2つの後ろ姿を見せられることになる。さらに画面には、その絵画を見…

映画「桐島、部活やめるってよ」(10周年記念公開) より美しくより残酷に

この映画で描かれている階級闘争も、同調圧力も、生の虚無も、自己実現も、すべてが”ショット”で描かれているということに心臓が鼓動した。本作の公開は2012年、「公開10周年記念上映」で劇場にかけられた。11月25日から1週間の限定公開。朝井リョウ原作、吉…

映画「母性」 母を捨てよ、家を出よう

母性。それはそもそも備わっていると考えていいものか。いつまでも娘でいたい母親を戸田恵梨香、母の期待に応えたい娘を永野芽衣が演じる。戸田恵梨香が演じたルミ子の”大好きな母のようになる”との妄信的マインドセットを見ていると、それはほとんどサイコ…

映画「あちらにいる鬼」 オレの妻

寺島しのぶと”これから一発やるぞ”というときに男が口にした対照的なふたつのセリフ。「オレはあんたを抱きに来た」(豊川悦司)「ああ、エサの時間か」(高良健吾)まさに男女のセックスをめぐるビフォア・アフターだ。トヨエツはホテルのドアをガチャリと…

映画「ザリガニの鳴くところ」 湿地の沼で心を洗う

”湿地の少女”は野生だ。だから彼女は植物や動物と同じように善悪の概念に縛られない。法にも教育にも宗教にも無縁で生きてきた。あったのは生きることに必死だったということ。彼女には「生きることこそが最大の善」である。彼女は、水に飛び込み、鳥の羽と…

映画「窓辺にて」 膿んだ観客は光の中でたゆたう

この映画が東京国際映画祭の観客賞。フフフフ。これに共感するオーディエンス。フフフフ。膿んでるな。相当、膿んでるな観客。稲垣吾郎はじめ人物たちは愛おしくずっと観ていられそうなほど心地いいのだが、アレ待てよ、よく考えてみれば描かれているのはち…

映画「RRR」 インドの覇権を確信する

「インド、やるじゃん!」は「インドくん、すごいなぁ♪」になり、やがて「イ、インドさん、なんかボクにできることある…」から「え、日本だよ、日本、知らないって、またまたぁ(涙)」と声が震えてくる。インド映画「RRR」ダンスとアクションのわんこそば、…

映画「アムステルダム」 大型倒産を刮目する

本作の製作費は8000万ドルかかっていて、興収惨敗で9700万ドルの赤字になるらしいなんで製作費より赤字額が大きいのかはわからないが、なにか事情があるのだろう。日本円で135億円(140円/ドル換算)の負債をかっ飛ばす”マッカチン映画”こんな大型倒産ムービ…

映画「わたしのお母さん」 映画の観客でよかった

映画が終わったあと「おもしろかったですねぇ」と見知らぬ観客に話しかけたかった。こんなにいい作品を観たのになんでそれを喜び合うこともせず、独りで帰らなきゃいけないんだと悲しかった。娘を演じた井上真央。その娘がどうしても好きになれない母が石田…

映画「君だけが知らない」 買いすぎた歓心を売ってしまいたい

「空気を読む」という優しく卑しい行為は、ときにひどく相手をイラつかせる。私は気を使われているのか、こいつは私の気持ちを汲めるとでも思っているのか、ずいぶんナメられたものだなと対象者を不愉快にさせる。せっかく自分を殺して空気を読んだというの…

映画「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」 彼女たちの涙にこそある

肉親や仲間の命を奪われた悲しみは、憎悪に変じる。 憎悪を清算するのに、相手にも同等の苦しみを求める。 殺されたから殺す。死は死で償って当然だ。しかし人間が恩讐の彼方に武器を置くことができたら、返報を放棄することができたら。できたところで、憎…

映画「劇場版 荒野に希望の灯をともす」 裏切り返さないことが平和

白衣を脱いでショベルカーに乗り、アフガニスタンに水路と小麦をつくった中村医師。彼が死んだとき、日本の為政者は「テロを断じて許すことはできない」と言った。中村医師なら"許す"と言ったと思う。氏は暴力の上塗りを拒否し、大義があっても戦闘に与しな…

映画「原発をとめた裁判長そして原発をとめる農家たち」 変なとこに落ちてた希望

こんなに清々しく映画館をあとにするとは思わなかった。だいたい、ドキュメンタリー映画って絶望必至みたいなもんだ、だいたい。しかも本作の題材は”脱原発”国策である原発に立ち向かってボロボロのボロンボロンになる人たちを見せられ”どよー-ん”ってなっ…

小説「アタラクシア」金原ひとみ 最終ページの景色

欺瞞に苦しむ人物たちのこの小説を読んでいるとき、その時間は救われていた。生きることにのたうつ彼らと過ごすのが愛おしかった。めくって、最後のページを目にしたとき。それは新しい段落からはじまり、一切の改行がなく、そして左に気持ちのいい大きな余…