映画館に帰ります。

暗がりで身を沈めてスクリーンを見つめること。何かを考えたり、何も考えなかったり、何かを思い出したり、途中でトイレに行ったり。現実を生きるために映画館はいつもミカタでいてくれます。作品内容の一部にふれることもあります。みなさんの映画を観たご感想も楽しみにしております。

2022-10-01から1ヶ月間の記事一覧

随筆「パリの砂漠、東京の蜃気楼」(金原ひとみ) 消失への希求

2003年には世に出ていた金原ひとみをようやく認識する自分の愚鈍さと食わず嫌い。 それでもこの作家に邂逅したことは今年の福音。 本書はずっと立ち読みしていたのだが、やはりこれは尋常ではないと購入に至った。 「この私でこの世界で生きていくしかないこ…

映画「レイジング・ブル」人生失敗の誘惑

「お前、弟のジョーイとファックしたか?!ファックしたんだろ!」(狂)「ああやったわよ、あんたのより立派だったわよ、町中の男のをくわえてやったわよ」(逆ギレ)ボコボコボコボコ(殴)病的な猜疑心の主人公ジェイクが、妻のビッキーに弟とセックスした…

映画「愛してる!」 ハダカになりたい in veloce

おっぱい出しちゃって、奴隷になっちゃって、とびきりの表情で、「カノンさま、愛してる!」って、自己の解放を仰ぐ。この息苦しい国にあって、これ以上の素晴らしい突き抜けはない。ブラーボ!新しい映画を観たという充足感。映画が始まるや既視感ゼロな面…

映画「もっと超越した所へ。」 焼肉行きたい

男女関係を、愛で語るのはもうやめにしないか。AIが何でもかんでもの時代に、男女の議論はいまだ旧石器時代だ。私たちはホルモンに支配されている。誰かを好きになるのは完全にこいつの仕業である。このことが自明になって久しい。私たち自身に恋愛の自治権…

映画「愛する人に伝える言葉」 観客である私も死んだ

主人公バンジャマンと一緒に死ぬことができる映画だ。死ぬことは怖かった。なにも成し遂げていないのに死ぬと思ったらとても哀しかった。オレは演劇教師なのだが、生徒の肌と肌が重なるところが愛そのものに輝いて見えた。もっと演技レッスンがしたくなった…

映画「アイ・アムまきもと」 死んだんじゃない殺したんだろ

☆クライマックスに関するネタバレあり☆寓話だと思って、そんなに真剣に取り合わない方がいいのだろうか。阿部サダヲ演じる牧本の「無垢」「天然」「空気が読めない」は『キャラ』だと割り切って、笑うか、ほっこりしていればいいのだろうか。ただキャラと割…

映画「線は、僕を描く」 ちはやふるなんてお遊びやったって全員に言わせて♡

下品な映画だ。下品なオレが下品だということは、一般的には「きれいな映画だ」ということになる。一般?!なんだそりゃ。一般なんて人はいないし、自分は一般人と思っている人もいない。みんな固有の美と悪と臭さとズルさと素直さと性欲とかゆみと虫刺され…

映画「夜明けまでバス停で」 映画は異議申し立てでいい

2020年の幡ケ谷バス停殺人事件。バス停で眠っていた60代の女性が近所の男性に「邪魔だった」と殴り殺された事件。彼女の所持金は8円だった。若き日は劇団でキラキラと活動し、結婚は夫の暴力で破綻し、スーパーの試食販売員として活躍し、家族には絵葉書を送…

映画「スペンサー  ダイアナの決意」  誰かの犠牲の伝統なんて

野心的なつくりの映画だ。ダイアナの生涯やエピソードをたどって共感を呼び起こす伝記映画ではない。常に響き渡るダイアナを蝕む音楽、苦痛に顔をゆがめるダイアナのクローズアップ、周囲の人々の険しい無表情、重たい油絵のような色調やグレーの冷たい色調…

小説「手」(山崎ナオコーラ) 社会なんかじゃ泣くこともできない

一人称による独白形式で書かれた小説。25歳の主人公さわ子が「社会」という言葉を使うところが2箇所ある。「私は大河内さんとそのあとも四回くらい、一緒に夕ごはんを食べ、食後に手を繋いだ。大河内さんと一緒にいるとき、私は非常に醒めている。それでも…

映画「手」 本当は森さんがおじさんになるとこ見られないと思ってたでしょ?

客席で「名人かよ」とつぶやき、息を吐いた。エンドロール、曲は「スロウタイム」。ラストシークエンス。これまで無反応だった父(金田明夫)が初めて長女を名前で呼ぶ。「さわちゃん」カットバックでさわ子(福永朱梨)が大きく映る。父の呼びかけに照れな…

映画「千夜、一夜」 1発30年ではセックスには荷が重い

その手があったか。上司がどうしてもイヤで、妻の寝顔がどうしてもイヤで、政権与党がどうしてもイヤならば”失踪”してしまえばいいのだ。年間行方不明届は約8万件。そんな甘美な夢に田中裕子が仁王立ちでストップをかける。30年間夫の帰りを待つ女。それを想…

映画「ザ・マスター」 その切実ささえわかれば

「ザ・マスター」(2012年公開)ポール・トーマス・アンダーソン監督中洲大洋劇場にてリバイバル上映ありがと♪全然歯が立たなかった。わからない時間がずーと続いていた。終わったとき他のお客さんに「え、えー--!これ、わかりました!?」ってブンブン揺…

映画「マイ・ブロークン・マリコ」 遺骨のあんたと川を渡る

ダチのマリコ(奈緒)を亡くしたシイノ(永野芽郁)は、遺骨を抱いて旅に出る。いまどき「ダチ」だって、いいね。シイノは、ラーメンひと口がやけにデカくて、スマホの画面が割れていて、「クソ上司」と登録していて、営業職なのに髪が明るくて、靴のスペア…

映画「時代革命」 あなたたちは自由のとりこ

2019年香港の民主化デモを描いたドキュメンタリー。映像で観るその様相はデモというより内戦で、香港は戦場だった。体制維持のためなら自国民を粛々と殺す「国家の実相」が映っている。普通選挙の実現などを要求したデモ参加者は、香港市民700万人のうち200…

映画「アバター 3Dリマスター」 尊敬されないジェームズ・キャメロンの復讐

「尊敬する監督は?」と聞かれたとき映画好きは何と答えるだろうか。愛好家がいる場面では「成瀬己喜男」とマウントを取りにいくだろうか。女子にモテたいときは「PTA、あ、ゴメン、ポールトーマスアンダーソン」とスカすか。「ビッグボス、新庄だね!」は避…

映画『LAMB/ラム』 真面目にやっていれば何とかならない世界

理屈の通った世界で生きていると思っている。1に1を足せば2になり、働けば対価があり、罪を犯せば罰がある世界。真面目にやっていれば、まぁ何とかなる世界。ところがこれは人間の論理である。四方を山々が囲み、無慈悲な風が草原を揺らし、鈍ぃ陽光しか差…