映画館に帰ります。

暗がりで身を沈めてスクリーンを見つめること。何かを考えたり、何も考えなかったり、何かを思い出したり、途中でトイレに行ったり。現実を生きるために映画館はいつもミカタでいてくれます。作品内容の一部にふれることもあります。みなさんの映画を観たご感想も楽しみにしております。

小説「ある男」(平野啓一郎) それはそんなに難しくないという顔で

映画では、主人公の城戸と美涼(谷口大祐の元恋人)の関係性の部分は大きく省略されている。

二人がこれから本当の谷口大祐に会いに行く車中。その人の何をもってその人であるのかという話をしたあとの部分。

これを読むまで"愛し直す"という言葉はきっと私の中にはなかった。愛は些細なところにぶつかり続けてただただ損なわれていくものと思っていたから。

ここでの過去は、未来というふうに置き換えて考えてもいいのだろうか。時が経てば人は変わってゆくから。

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「そうなると、僕たちは誰かを好きになる時、その人の何を愛しているんですかね?……出会ってからの現在の相手に好感を抱いて、そのあと過去まで含めてその人を愛するようになる。で、その過去が赤の他人のものだとわかったとして、二人の間の愛は?……」

美涼は、それはそんなに難しくないという顔で、

「わかったってところから、また愛し直すんじゃないですか?一回、愛したら終わりじゃなくて、長い時間の間に、何度も愛し直すでしょう?色んなことが起きるから。」

と言った。

(中略)

城戸は、彼女の至極当然のように語ったその愛についての考えに心動かされていた。

「そうですね。……愛こそ、 変化し続けても同じ一つの愛なのかもしれません。変化するからこそ持続できるのか。……」   

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