映画館に帰ります。

暗がりで身を沈めてスクリーンを見つめること。何かを考えたり、何も考えなかったり、何かを思い出したり、途中でトイレに行ったり。現実を生きるために映画館はいつもミカタでいてくれます。作品内容の一部にふれることもあります。みなさんの映画を観たご感想も楽しみにしております。

映画「エンパイア・オブ・ライト」 溶け合う光と闇

□『エンパイア・オブ・ライト』(Empire of Light)脚本・監督 サム・メンデス 『アメリカン・ビューティー』 『007スカイフォール』 『1917 命をかけた伝令』 演劇界でもロイヤルシェイクスピアカンパニー などで成果をあげている。大きなドラマがあるわけで…

映画「BLUE GIANT」 エンドロールも聴いていたい

□演奏シーンは迂闊に創れない予備知識もなく観に行きましたが、「これは事件ではないか」という感想を抱きました。こんな映画あっただろうか。これから先何年も「『BLUE GAIANT』の演奏シーンのように…」という基準で語られる気がします。少なくともこれから…

映画「別れる決心」 おっぱいのひとつも出さないで

□「別れる決心」(2023年2月公開)カンヌ映画祭監督賞受賞アカデミー賞国際長編部門韓国代表男が山頂から転落死した事件を追う刑事ヘジュンと、被害者の妻ソレ。取り調べが進む中で、お互いの視線は交差し、それぞれの胸に言葉にならない感情が湧き上がって…

映画「タイタニック」 人には人のタイタニック

25周年のスクリーン上映は福岡でも満員札止め。辛うじて最終日最前列を予約することができました。左隣は10代くらいの男子3人組。女子を誘えなかったんでしょうか。とても好感が持てます。映画が終わり場内が明るくなりました。「…エグいなこれ」「ぉん」「……

映画「対峙」 赦せるはずも赦されるはずもない密室劇

□対峙(2023年2月公開)原題の『MASS』は「大多数」と訳されるが、キリストの典礼である「ミサ」の意味もある。また「mass shooting」で「銃乱射事件」という意味になる。6年前にアメリカの高校で起きた銃乱射事件。その加害者と被害者の両親が、話し合いの…

映画「エゴイスト」 肩を抱いてやりたいのだが

□エゴイスト(2023年2月公開)原作は、エッセイストの高山真が「浅田マコト」名義で2012年に発表した自伝的小説。14歳で母を亡くした浩輔と、パートナーの龍太、そして龍太の母との交流を描く。「浅田マコト」は、高山氏が好きなフィギュアスケートの浅田真…

映画「レナードの朝」 信仰にかわるもの

□レナードの朝(1991年公開)「午前十時の映画祭」にて再上映原題「Awakenings(目覚め)」アカデミー賞において作品賞、主演男優賞(ロバート・デ・ニーロ)、脚色賞でノミネートされたが、受賞はならず。この年はケヴィン・コスナーの「ダンス・ウィズ・ウ…

映画「バビロン」 夢の生贄

□バビロン(2023年2月公開)ハリウッド黎明期を描いたデイミアン・チャゼルの野心作はミュージカルも平伏すような音楽の濁流。デイミアンとタッグを組み続けるジャスティン・ハーウィッツは本作でもゴールデングローブ賞作曲賞受賞。デイミアンは脚本ができ…

映画「イニシェリン島の精霊」 死と愛のメタファー

「イニシェリン島の精霊」ご覧になりましたか。寂寥感漂う絶海の孤島ロバちゃんの瞳のかわいさと人間の哀感がビシビシ伝わってくる映画でしたね。すごくintriguingでした。intriguingはもっと知りたいほど興味があるという意味だそうです。本作のおもしろさ…

映画「すべてうまくいきますように」 ギュッてしてチュッてして扉バタン

□「すべてうまくいきますように」(2023年2月公開) 監督は「グレース・オブ・ゴッド」でベルリン映画祭銀熊賞に輝いたフランソワ・オゾン。オゾンの友人でもあった脚本家による同名小説が原作。この小説の映画化をオゾンは断っていたが、近しい人を亡くすよ…

映画「生きててごめんなさい」 共依存の均衡に立つふたり

□「生きててごめんなさい」(2023年2月公開) 「#余命10年」「#新聞記者」「#ヤクザと家族」の藤井道人によるプロデュース。「#アバランチ」で藤井氏と演出を務めてきた山口健人が監督を務める。「静かなるドン」の劇場公開を控える。「生きててごめんなさい…

映画「ほどけそうな、息」 守らなければほどけてしまう

□「ほどけそうな、息」(2022年8月より順次公開)カスミ(小野花梨)は児童相談所の2年目職員。子どもを守るために奔走する姿と責務の重さで深く息を吐く日常を描く。監督は社会問題と絡めた作品を発表している小澤雅人。ドキュメンタリー作品も手掛けている…

映画「母の聖戦」 母もいなくなっていた

□「母の聖戦」(2023年1月公開) カンヌ国際映画祭「ある視点」部門:勇気賞東京国際映画祭:審査委員特別賞ベルギーを拠点にドキュメンタリーを撮ってきたテオドラ・アナ・ミハイ監督の劇映画デビュー。監督は、メキシコで娘を誘拐された女性を取材しドキュ…

ドラマ「サギデカ」 人を殺さない詐欺という犯罪はやむを得ない

□「サギデカ」(全5話) NHKオンデマンド、UーNEXTで視聴可能。2019年に放送され令和元年度文化庁芸術祭賞受賞。「 #100万回言えばよかった 」「 #きのう何食べた? 」「 #おかりモネ 」「 #透明なゆりかご 」の安達奈緒子によるオリジナル脚本。特殊詐欺犯…

映画「光復」 嫌悪と憧憬がとまらない

□「光復」(2022年12月より順次公開) 「神様のカルテ」や「桜のような僕の恋人」の深川栄洋監督による自主映画。若いころの自殺願望。深川監督にとって映画館は気持ちを落ち着ける場所だった。5人のスタッフで自分が求める作品を追及する”原点回帰”。出演は…

映画「あつい胸さわぎ」 胸を張って大丈夫

□「あつい胸さわぎ」(2023年1月公開) 監督・まつむらしんご、脚本は「凶悪」「朝が来る」の高橋泉。オリジナルは2019年発表の同名舞台。昭子役の枝元萌氏は読売演劇大賞優秀女優賞。”若年性乳がん”をテーマとしているがいわゆる闘病ものではなく病気の人間…

映画「そして僕は途方に暮れる」 こちらを見ていたのだ

□「そして僕は途方に暮れる」(2023年1月公開) 監督・脚本は「何者」「娼年」などの三浦大輔。劇団ポツドールの主宰。”演劇的なもの"を徹底的に排したリアリズムと、性欲などを直視した過激なテーマで2000年代から演劇界に揺さぶりをかけてきた。演劇に映画…

映画「ヘアー」(午前十時の映画祭) そして髪を切った

午前10時の映画祭にて再上映(町山智浩氏の解説あり)「ヘアー」 1979年 監督:ミロス・フォアマン「カッコーの巣の上で」や「アマデウス」のミロス・フォアマンは、チェコスロヴァキア出身でアメリカに移住した映画監督。本作は1968年上演のブロードウェイ…

映画「とべない風船」 引き波と三浦透子を見ていたい

□「とべない風船」(2023年1月公開) 監督・脚本は広島を拠点にCMディレクターなどを手がける宮川博至。「平成30年7月豪雨」をテーマにしたオール広島ロケの作品。地方発で大手資本が入っておらず独立系プロダクション製作での全国公開。出演は東出昌大、三…

ドラマ「舞妓さんちのまかないさん」 舞台にあがる子、舞台から降りる子

□「舞妓さんちのまかないさん」(全9話) NETFLIXで配信中是枝裕和が総合演出・監督・脚本を務める。撮影に近藤龍人など映画界屈指のスタッフが集結。本作は料理が重要なモチーフ。「かもめ食堂」「南極料理人」の飯島奈美がフードスタイリストを担当。出演…

映画「離れ離れになっても」 自分たちを熱くさせてくれるもの

□かつての若者たちの叙事詩1982年のローマ、16歳の4人の少年少女が出会います。彼らは自力で修理した赤い車に乗り込み、「自分たちを熱くさせてくれるものに乾杯」と歓喜します。そのなかで唯一の女の子ジェンマとパオロは恋に落ち、ジュリオとリカルドはお…

ドラマ「透明なゆりかご」 それでも子どもがほしいと思えた

□「透明なゆりかご」(全10話) NHKオンデマンドで視聴2018年に放送され多くのドラマ賞を獲得。脚本は「 #100万回言えばよかった 」「 #きのう何食べた? 」の安達奈緒子。出演は清原果耶、瀬戸康史、水川あさみ、原田美枝子、酒井若菜ほか.□生まれる命と消…

映画「モリコーネ 映画が恋した音楽家」 君への想いは変わらない

勤勉で謙虚な天才。彼の音楽が次々と紹介されていく。それは映画史そのもの。創った曲はいつもまず妻の意見を求める。知らない作品も少なくないのに鼓動が高鳴ってくる。悲しくもないのにメロディで泣きそうになる。荒野の用心棒、アンタッチャブル、ワンス…

映画「SHE SAID シーセッドその名を暴け」 虐待と恐怖が”普通”の世界

「ママはレイプをつかまえているの?」権力者の性的暴行を暴こうとする女性記者ジョディ。彼女の幼い娘がそう聞いてくる。小さな子どもたちまでがそんな言葉を使っていることにジョディは慟哭する。自分の娘には虐待のある世界を”普通のこと”だと思ってほし…

映画「泣いたり笑ったり」 ブラジャーをしています

孫までいる推定60代の男ふたりが「ボクたち結婚します」とカミングアウト。 白髪キザなおっちゃんは「トニ」ゴツい漁師のおっちゃんは「カルロ」 このふたりがジュテーム♥ それぞれの家族では「男かよ!」と大騒ぎ。 カルロの息子サンドロさん「ざけんな、オ…

映画「オレの記念日」 冤罪でも楽しい

20歳から49歳までの29年間、無実で服役した桜井昌司氏。 「冤罪で捕まって、よかった」 「刑務所ではつらつと楽しく過ごしました」 沈鬱な冤罪ノンフィクションを想像すると、突飛な彼の言葉にあ然とする。 言葉の力。 目の前の状況を正確に表すのが言葉だが…

映画「恋のいばら」 あなたがいるから映画館

お客さんはふたりでした。もうひとり女性のお客さんは居心地が悪かったかもしれないけれど、自分はとても助かりました。映画館に自分以外のお客さんがいることは大事です。 例えば…『他のお客さんがいるから、鼻毛とか抜かないでちゃんと観よう。』とか、『…

映画「非常宣言」 まんじりともしなかったのに、まんじりともしなかった

「非常宣言」 航空機パニックムービーとして一級品だが、その凶器が感染ウィルスということで、"自分の映画"だと今を生きる観客を引き寄せしまう剛腕ぶり。犯人の素性や動機を知りたいという観客の気持ちはあっけなく砕かれ、そのあたりも非常に今日的だ。事…

映画「クライング・ゲーム」(再上映) 立ち尽くす赤いポスター

1993年にアカデミー脚本賞を受賞したサスペンスドラマの劇場再上映。主人公のファーガスはIRA兵士で、人質として拉致したイギリス兵ジョディの見張り役を務める。敵対する立場ながらふたりは会話を重ね、奇妙な関係が成立していく。主導権は拉致されているイ…

映画「THE FIRST SLAM DUNK」 死の匂い

いま新しい表現の誕生に立ち会っているという喜びと戸惑いがある。「かぐや姫の物語」を観たときの衝撃がよみがえる。それは新しい表現とともに、作品に強烈な”痛切さ”が流れているからだ。どうしても描かなければいけない”痛切さ”があり、そのためには何と…