映画館に帰ります。

暗がりで身を沈めてスクリーンを見つめること。何かを考えたり、何も考えなかったり、何かを思い出したり、途中でトイレに行ったり。現実を生きるために映画館はいつもミカタでいてくれます。作品内容の一部にふれることもあります。みなさんの映画を観たご感想も楽しみにしております。

映画「とべない風船」 引き波と三浦透子を見ていたい


□「とべない風船」(2023年1月公開) 

監督・脚本は広島を拠点に
CMディレクターなどを手がける宮川博至。

平成30年7月豪雨」をテーマにした
オール広島ロケの作品。

地方発で大手資本が入っておらず
独立系プロダクション製作での全国公開。

出演は東出昌大三浦透子小林薫浅田美代子原日出子堀部圭亮ほか

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□瀬戸内の引き波

瀬戸内海の小さな島。

この内海の穏やかさのように
人物たちの関係もゆっくり変わっていく。

豪雨災害で妻子を失った憲二(東出昌大)と
教師に挫折して父のいる
この島を訪ねてきた凛子(三浦透子)。

凛子を乗せた船が島に向かっていく。
瀬戸内の海を切るように進む船を上空から映す。
船は自らの後方にキラキラとした”引き波”を描く。

多くの映画で船が尾を引く引き波を目にするが
どの海よりも瀬戸内の引き波が輝いていると思う。

だから大丈夫だと思う。

これからこの映画で起こるであろう困難は
この陽光に恵まれた瀬戸内に囲まれているのだから きっと大丈夫だという気がする。

はたして凛子や憲二の背景には
いつも海や島々があった。

”多島美”に抱かれて  
彼らの過去はゆっくりほどけていく。

映画終盤、人物たちは心情を
やや過剰に言葉にしていると感じた。

この風景こそが雄弁だから
セリフにせずとも伝わるよと思った。

それほどまでに瀬戸内の光は
観客に何かを訴えかけてくる。

そう言えば「八日目の蝉」や「朝が来る」でも
瀬戸内の海は優しかった気がする。

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三浦透子の時代

「ドライブ・マイ・カー」での鮮烈さ、
「そばかす」での共感力とエンドロールでの歌声。

そうした記憶がまだ新しいが本作でも
瀬戸内の海を背にして歩く三浦透子
ずっと見ていたいと思った。

無言の演技でもずっと観ていられる。

むしろ無言で構わないと思わせてくるほどの
役の引きつけぶり。

”セリフ”を完全に自分のなかに溶かしこんで
セリフから自由になっている。

演技は汲汲としたものはなく
感情の余白があるような悠然さを感じる。

めかしこんだ魅力ではなく
人間の存在の魅力を放つ俳優だ。

彼女が歩くと海や島が彼女についてくる。

スクリーンを観ながら
三浦透子の時代がはじまっていると思った。

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