映画館に帰ります。

暗がりで身を沈めてスクリーンを見つめること。何かを考えたり、何も考えなかったり、何かを思い出したり、途中でトイレに行ったり。現実を生きるために映画館はいつもミカタでいてくれます。作品内容の一部にふれることもあります。みなさんの映画を観たご感想も楽しみにしております。

映画「オレの記念日」 冤罪でも楽しい

20歳から49歳までの29年間、無実で服役した桜井昌司氏。

 

 「冤罪で捕まって、よかった」

 「刑務所ではつらつと楽しく過ごしました」

 

沈鬱な冤罪ノンフィクションを想像すると、突飛な彼の言葉にあ然とする。

 

言葉の力。

 

目の前の状況を正確に表すのが言葉だが、桜井氏は自分の置かれた状況を前向きな言葉で再定義し、自分の気持ちを言葉の方に沿わせていく。

 

1967年の布川事件で殺人の自白を強要されたことについて彼はこう記した。

 

「もう二度と、噓の言葉で自分を汚さない」

 

無実での服役が29年、無罪確定まで44年という壮絶さ。

 

しかしスクリーンに映るのは、人生を面白そうに生きる面白いおっさん。

 

妻の恵子さんは桜井氏が死刑囚だったことも知らず、「とても前向きな人だったから」結婚したと言う。冤罪という言葉すら当時は知らなかったと。

 

2019年、桜井氏はガンのステージ4で余命1年と診断された。もう手術できない。しかし現在もガンと共生しながら、冤罪防止の活動に精力的だ。本作の舞台挨拶にも登壇する。

 

「いいことばかりだったから、ガンくらいなるよ」

 

彼はなかなか饒舌でよく笑う。

 

この事件にはもうひとり冤罪となった杉山氏という人がいる。桜井氏が自分の人生を力づくでデザインしていくのとは対照的で、冤罪事件で人生を奪われた翳があり、2015年に69歳で亡くなった。

 

桜井氏は釈放後に素敵な奥さんと結婚し、サウナ併設の家を建て、絶対不可能と言われる国家賠償請求訴訟にも勝ち、全国を支援で飛び回り、講演会では自作の歌を歌ってCDを販売し、ガンになっても「楽しい人生だ」と言い切る。

 

正直、まるで戯画的な彼の天真さに、鼻白んでいる自分がいた。

 

杉山さんこそ冤罪の被害者に相応しい佇まいではないかと思ってしまう自分の貧困な感性。

 

桜井氏の絶えない笑顔に、自分の心が引け目を感じて萎えているようなときがあった。

 

桜井氏は確かに冤罪被害者だが、同情を乞うてくるような人ではなかった。泣いても叫んで刑務所から出られないことを味わったのだろう。

 

自分のこれからの考え方、生き方、言葉こそ見直さなければと、彼の笑顔を見て焦らされる。

 

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