映画館に帰ります。

暗がりで身を沈めてスクリーンを見つめること。何かを考えたり、何も考えなかったり、何かを思い出したり、途中でトイレに行ったり。現実を生きるために映画館はいつもミカタでいてくれます。作品内容の一部にふれることもあります。みなさんの映画を観たご感想も楽しみにしております。

映画「ボイリング・ポイント / 沸点」 アンディ、少しそこで倒れてなよ

90分間、驚異のワンショット

ここに集う人物たちはあまりに忙しく
哀れ昏倒するほど悩んでいる。

本作はそんな現代の実情を見事に描いているが
オレは、オレは、そんなことより
ワンショットのことが気になって仕方ない!!

「まじカメラマンすげー」
「画角外の役者は煙草でも吸ってんかな」
「どんだけリハやるんだ、これ」
「テイク終わると『YES!』とか
 叫んでみんなでハグ歓喜だろうな」
「オレもハグしてぇ、女子と」
「オレもハグしてぇ、女子と」

と、こんな感じで終始ワンショットのこと
ばかり考えてしまっていた。

没入できましたか?ご覧になった方。

ワンショットって何だろう。
製作サイドには絶対にミスできないという
鬼気迫るものが宿るのだろう。
対してオレはこれが映画であることを
片時も忘れられない90分だった。

映画の幸福はこれが映画であることを
忘れて没入することにある。

息苦しい人生をしばし忘れて
映画の世界に夢中になることだ。

もしくは自分というくだらない自我を
今は忘れて映画館の暗闇に沈むことだ。

主人公アンディが抱える悩みと苦しみは
離婚、子ども、金、社会規則、寝不足、
同僚部下、SNS、面倒な客、依存症…

彼も片時もこの苦しみから解放されていなかった。

ペットボトルに入れた酒をグビグビ飲みながら
現実と自分を飛ばそうとしていた。

アンディにはじゅうぶん同情できる。
お友達になれそうだったのに…

君がぶっ倒れるほど苦しんでたときに
カメラとハグのことばっか考えてたよ。
ごめんねアンディ。

現代は忙しすぎるよね。
シンプルに生きたいよね。

アンディ
少しそこで倒れてなよ。

大丈夫
たかがレストランだ。

そういやわれわれの人生も
撮り直しやつなぎ合わせができない
ワンショットですね。

映画『ボイリング・ポイント/沸騰』公式サイト