映画館に帰ります。

暗がりで身を沈めてスクリーンを見つめること。何かを考えたり、何も考えなかったり、何かを思い出したり、途中でトイレに行ったり。現実を生きるために映画館はいつもミカタでいてくれます。作品内容の一部にふれることもあります。みなさんの映画を観たご感想も楽しみにしております。

映画「神は見返りを求める」 恩讐の彼方の敗れざる者たち

こんにちはノブです。

今日は面白映画製造マシーンである吉田恵輔監督の最新作「神は見返りを求める」です。

ムロツヨシさん、岸井ゆきのさんもいいですよー!

ではいきましょう。

 

 

主人公・イベント会社に勤める田母神(ムロツヨシ)は、合コンでYouTuber・ゆりちゃん(岸井ゆきの)に出会う。田母神は、再生回数に悩む彼女を不憫に思い、まるで「神」の様に見返りを求めず、ゆりちゃんのYouTubeチャンネルを手伝うようになる。登録者数がなかなか上がらないながらも、前向きに頑張り、お互い良きパートナーになっていく。そんなある日、ゆりちゃんは、田母神の同僚・梅川(若葉竜也)の紹介で、人気YouTuberチョレイカビゴン吉村界人・淡梨)と知り合い、彼らとの“体当たり系”コラボ動画により、突然バズってしまう。イケメンデザイナ一・村上アレン(栁俊太郎)とも知り合い、瞬く間に人気YouTuberの仲間入りをしたゆりちゃん。一方、田母神は一生懸命手伝ってくれるが、動画の作りがダサい。良い人だけど、センスがない…。

 

パンツ史上最悪。吉田監督は性格悪いなぁ。そして岸井ちゃんもやるなぁ。


みなさん、パンツ見えで最悪ってどんなのですか。男子はパンチラに狂喜なんですが、そんな男子でさえ「あ、そういうのいいです」っていうパンツ場面でこの映画は開幕します。居酒屋で粗相した岸井ちゃんのスカートがめくれあがってパンツ(というかお尻)全開なんです。そんなのエロくない。しかもパンツも絶妙に可愛くない。衣装さんもワルだなぁ。仲間たちもそんな岸井ちゃんを嘲笑します。はい、もう冒頭からもう吉田!吉田!はじまったな吉田!であります。

売れないユーチューバーの岸井ゆきのちゃん。投稿動画がダサいとバカにされ、職場でも阻害され、居酒屋ではパンツ、特に強みもありません。岸井ちゃんこういう役やらせると名人級ですね。吉田監督も意地悪だから、岸井ちゃんにダッサ茶色靴下をはかせて、それを強調するようなショットをはさみ込みます。

そこに人の好さが災いしているようなムロツヨシが岸井ちゃんと仲良くなって応援します。撮影用の着ぐるみを用意したり、撮影編集をやってあげたり、落ち込む岸井ちゃんを励ましたり。素朴なふたりの心温まる蜜月の日々でしたが、岸井ちゃんが偶然バズってからはふたりの関係がガラリと豹変します。岸井ちゃんとムロ氏の演技フルスロットルで「憎悪の泥仕合」に突入していきます。

岸井ちゃんはいや~な顔とか、みにく~い顔とかが絶品ですね。ムロ氏の「オレの善意を返せっていってんだよ」も狂気。やばくなってきてTikTok踊りを無表情でやります。音楽も流さずムロ氏の鼻息だけがフンフン響きわたる不気味さです。ふたりがYouTubeを通じて報復し合ったり、スマホを拳銃よろしく相手に向けて撮影したりするのはすごく今日的です。はたまた自撮り棒で闘ったり、トイレの汚物入れをぶん投げて中身を頭からかぶったり、吉田監督好き放題やってます。やれやれー!

そしてこの映画がいいのは後半の展開です。ふたりの関係はここまでのところはとても寓話的でだったんですが、最後は人間的な「複雑系に落とし込んでいきます。ふたりは殺し合いまで行きつくわけでもなく、でも短絡的に和解するわけではありません。岸井ちゃんは承認欲求を追求する世界に少し虚しさを覚えます。サイン会でファンにちらりと吐露する「私のやっていることなんてなにも残らないよ」というセリフが象徴的です。一方のムロ氏は岸井ちゃんとの蜜月時代を思い返し、憎悪のトーンが緩んでいきます。それでもお互いに顔を合わせれば嫌いだと言い合います。そういう感情のグラデーションを描いています。和解するわけではないけれど、相手の気持ちも少しわかり、社会に虚しさを感じ、なにより自分が虚しいという感じでしょうか。岸井ちゃんは自らの動画のなかで、かつてムロ氏がつくってくれたダサいトレーナーを着て撮影します。恩讐の彼方に立つ岸井ちゃんとムロ氏はとても人間的です。

そしてラストは監督の「BLUE」とも共通するような吉田美学です。ある事故をきっかけに岸井ちゃんもムロ氏も社会的に転落し、まさに心身ともにボロボロ。ふたりとも「ふりだし以下」のところに突き落とされます。でも彼らは「敗れざる敗者」だと監督は言っているように思えます。すべてを失ったように見えても人生から退場しないかぎり敗れてはいない。何度と倒れてもあなたがリングから降りない限り負けではない。吉田監督は言葉ではなく、最後まで自撮り棒を離さずよろめきながら歩くムロ氏のショットでそれを教えてくれます。ムロ氏は空を見上げあの日岸井ちゃんが教えてくれた「クソ天気がいい」という変な言葉をつぶやくのです。

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