映画館に帰ります。

暗がりで身を沈めてスクリーンを見つめること。何かを考えたり、何も考えなかったり、何かを思い出したり、途中でトイレに行ったり。現実を生きるために映画館はいつもミカタでいてくれます。作品内容の一部にふれることもあります。みなさんの映画を観たご感想も楽しみにしております。

映画「わたしの見ている世界が全て」 この新星どこまで輝く

□『わたしの見ている世界が全て』

脚本・監督 佐近圭太郎
主演 森田想
制作・配給 Tokyo New Cinema
マドリード国際映画祭主演女優賞

公開は13館と小さいが「見つけた」という新星。

幸運にも近くで公開していて、派手さがなくても大丈夫という方はご覧ください。

よく厄介な人物を演じている森田想が主演。
ワルの目つきができるいい女優さんです。 
マドリード国際映画祭で主演女優賞受賞。

それから”しけたツラ”ができる演技巧者たち。
美男美女オーラの封じ込めができる面々です。

とかく俳優さんたちはルックが良すぎて「これが普通の主婦⁉」みたいな感じで実在感がないので、作品に没頭するのに”しけたツラ”が大事です。

佐近圭太郎の脚本と演出には魅力を感じます。

対象とする人物への眼差しが、贔屓も敵意もなく気持ちいいです。

製作・配給は「Tokyo New Cinema」(TNC)という比較的新しい会社。

どうやら『わたしは光りをにぎってる』や『やがて海へと届く』の中川龍太郎監督を擁しているカンパニーらしい。

ここの代表は医学研究者から映画制作へ転身したとのこと。

この制作集団、なにかこれまでと肌合いが違う。

独自に『あづまや』というオンラインコミュニティを開設して映画好きに対して踏み込んだ関わり方を提供しているのもおもしろいです。

注目したいと思います。


□人の心を踏んでいる

森田想が演じる遥風は、ベンチャーで活躍する意識高い女性。

ロジカルシンキングと自己責任を武器に他者を裁断する。

自分を高めているゆえに、他人に厳しい。 

どちらかというと「不器用だけど心優しき人物」が主役になる映画が多い中で、これはおもしろい設定。

親の死をきっかけに遥風は兄姉たちに「この家売ろうよ」と迫る。

3人の兄姉たちは実家のパッとしない店を継いで生活している。

遥風は今後スケールする見込みのない店を売って自分の起業資金をつくりたい。

 このままダメになっていくのと、
 今のうちに売却するのとどっちがいいの?

フレームワークを振りかざすコンサルのように0か1かと迫る遥風。

彼女の判断は合理的かもしないが、それで零れ落ちるものが見えていない。

遥風の正義が、兄姉たちの心を踏んでいることに気づけていない。

□人間関係の小宇宙

ストーリーやカメラワークをガチャガチャとやらない作品ですが、だんだんとこの映画を好きにさせる力があります。

安易に言葉で説明しなかったり、人物を記号的にしなかったことがのちに効いてきます。

今の時代感とか、人のあり方とかをギミックに頼らず描くことに重きを置いていると感じます。

味つけより出汁にこだわってる。

缶ビールをあおるタイミングが一緒で、この男女はきっとうまくいくと思わせる。

うだつのあがらない兄姉たちだが、細やかな仕事ぶりをしっかり映して生活の愛しさを伝える。

遥風を容易に「本当はいいヤツ」に反転させず我慢して終盤まで運んでいく。

こんな積み重ねを観客に見せていきます。

そして家族っていうのはストーリーではなく「状態」なんだということを気づかせてくれます。 

人間関係は、はじまりとおわりがあるんじゃなくて、ふくらんだりちぢんだりの連続。

強引にまとめることなく、最後まで関係のうねりの中で漂う人間を見せます。
 
主人公の遥風も「イヤな奴」と断罪するのではなく、彼女なりに自分を調整しながら生きる姿を示します。

気がつけば大した人物たちじゃないのに、この家族を好きになっています。

”人間関係の小宇宙”に魅せられている。

それって映画としてなかなか大したことのような気がします。

市井の人とささやかな街を写していたスクリーンに新星が輝いていました。



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