映画「シング・ア・ソング! 笑顔を咲かす歌声」(原題 「Military Wives」) 涙も反戦も許されない彼女たちにできること
「私、戦争と結婚しているの」
夫である軍人とその妻は基地内で暮らしています。
まだ若い妻のサラは夫をアフガニスタンに送り出し、今はひとり基地内の家にいます。
そこに正装したふたりの男が沈痛な面持ちで車から降りてきます。
ふたりは家の前まで歩き行き、目を合わせたあとチャイムを鳴らします。
サラが玄関のドアを開けます。
その瞬間、男たちの恰好を見ただけで理解し、グシャグシャの顔になります。
動転して顔を覆いながら室内に引き下がろうとしますが、すぐまた男たちに対応しようと最後の気丈をふり絞るのです。
ふたりの男は、夫が戦地で死んだことを知らせに来た使者でした。
また同じく軍人の妻であるリサは、路上で若者からアフガン派兵反対のビラを差し出されたときに、「私、戦争と結婚してるの」とさらりと言ってかわします。
パートナーを送り出し基地に残る妻たち
歌って笑って、強くなる――!
愛する人を戦地へ送り出した軍人の妻たちが結成した、
合唱団の実話から生まれた物語
2009年、愛する人を戦況が激化するアフガニスタンへ見送り、その帰りを待ちながらイギリス軍基地で暮らす女性たちが、合唱団を結成した。悪い知らせが届かないことを祈ることしかできない毎日の中、互いに支え合い前向きに生きるために始めたこの活動はメディアにも取り上げられ、やがて全英中、そして世界各地へと広がるムーブメントとなった——。
BBCの人気テレビ番組「The Choir」でも特集された“軍人の妻”合唱団の実話を、『フル・モンティ』のピーター・カッタネオ監督が映画化。
成長がないからこの映画は信用できる
この映画は、撮影技法や演出に思わせぶりなところはまったくありません。
きわめてスタンダードなキャメラ位置で人物をとらえています。
だからと言って観客を幼児あつかいして目線を下げているわけではありません。
監督の作家性よりも、登場人物や物語の機微を大切にして撮られている映画です。
宣伝ポスターの感じだと感動の押しつけがありそうで身構えましたが、そんな陳腐さはなく地に足ついた人物造形や話の展開になっていました。
特にいいのは登場人物たちに嘘くさい成長がないところです。
軍人の妻たちはそれぞれに性格や傾向があることが描き分けられていて、そんな彼女たちが合唱をやることになっていくのですが、都合よく団結したり、急に前向きな人間に成長したりはしません。
ひとりひとりの弱さや面倒くささはそのままに進んでいきます。
彼女たちのままでクライマックスの戦没者集会でのステージに向かっていく。
そんな実在感のおかげでどんどん登場人物たちを好きになってしまう作品です。
都合よく団結したり、成長したりはしないのがいい
軍人の妻は戦争反対と言えない
彼女たちのなにげないところで泣けて仕方がなかったです。
はじめて歌がコーラスっぽくなった瞬間とか、彼女たちがガールズトークでガハガハ笑っているときとか。
この映画は”戦争反対”なんて一度も言わなかったし、そんなテーマは出していません。
夫たちは政府の決定で戦地アフガニスタンに送られました。
基地に残った妻たちは、スマホが唸るたびビクリとして顔が引き攣ります。
戦地にいる夫についての悪い知らせかもしれないからです。
できれば戦地に夫を送り出したくないし、戦争などしてほしくない。
これが彼女たちの本心のはずです。
でも彼女たちは「Military Wives」、だから涙することも、戦争反対と言うことも許されません。
夫を送り出した妻たちだけで酒を飲んだり、少し下品な冗談を言い合ったりしていますが、彼女たちの心に張り付いている感情はわかります。
だから、たわいもないシーンで泣けてくるのだと思います。
笑顔を咲かす歌声
エンドロール前のシーンは鮮やかです。
彼女たちの合唱風景に、この映画のベースとなった実在の合唱団の映像がかぶってきます。
そしてさら75団体にも増えたという合唱団の様子が次々にあらわれます。
まるで花が咲くようにスクリーンいっぱいに各地の合唱団が映し出されてます。Military Wivesはみんな笑っています。
「笑顔を咲かす歌声」という副題はなんだかなと思っていましたが、これでよかったのかもしれません。軍人の妻はヒナゲシの花のように謙虚であれという言葉があるそうです。この映画派手に公開はしていないけれど、ヒマワリのような映画でした。