映画館に帰ります。

暗がりで身を沈めてスクリーンを見つめること。何かを考えたり、何も考えなかったり、何かを思い出したり、途中でトイレに行ったり。現実を生きるために映画館はいつもミカタでいてくれます。作品内容の一部にふれることもあります。みなさんの映画を観たご感想も楽しみにしております。

映画「ワン・セカンド」  文革中国の空気感も、新星ヒロインも、圧倒的な映像美で魅せる巨匠チャン・イーモウ

「赤いコーリャン」「HERO」「初恋のきた道」のチャン・イーモウ最新作

「これ2022年公開の映画だっけ⁉」と鑑賞中に何度も思い返した作品でした。

 

「ワン・セカンド」は中国の巨匠チャン・イーモウの最新作。

 

1969年文革時代の中国を舞台設定にしていますが、まるで当時につくられた映画を観ているような再現性の高さなのです。

 

文化大革命まっただなかの1969年、中国。造反派に歯向い、強制労働所送りになった男(チャン・イー)は、妻と離婚し、最愛の娘とも疎遠になってしまう。

数年後、22号というニュース映画に娘の姿が1秒間映っているという話を聞いた男は、娘を一目見たいがために危険を冒して強制労働所を脱出。逃亡者となりながらも砂漠の中を映画が上映される予定の村を目指して進んでいく。しかし、逃亡者は村へ向かう途中、大事なフィルムを盗み逃げ出す孤児のリウ(リウ・ハオツン)の姿を目撃する。

村までたどり着いた逃亡者は、すぐにリウを見つけ出し締め上げ、盗んだフィルムを映写技師のファン(ファン・ウェイ)に返すのだった。だがそんな時、村では大騒動が勃発!フィルムの運搬係の不手際で膨大な量のフィルムがむき出しで地面にばらまかれ、ドロドロに汚れたフィルムは上映不可能な状態に…。しかもその中には逃亡者が血眼で探していた、22号のニュース映画の缶があった。

(公式サイトより)

 

いかにも昔の中国といった感じで古臭いと言えば古臭いのですが、現代の技術を駆使して「昔を表現しています」というようなスキはまったくないのです。

 

人物の泥臭い顔つきは本当に昔の人たちのそれだし、ギャンギャン圧強めで話すのとか、上下関係とか、尊大さとか、媚び方とか、人民のしたたかさとか、そういうのも今様ではないんです。

 

今回のテーマである『映画』という娯楽への人々の思いも、まったく現代的ではない熱狂と熱量で描かれています。

 

とにかく村の人たちの映画に対する歓喜のシーンはすごくて、スクリーンが張られただけでどよめき、会場の明かりが落ちただけでハイテンション、映画が始まる前のスクリーンにイスとか自分の子どもとか自転車とかの影を映してお祭りバカ騒ぎです。

2022年の人間の顔つきではない

そして、なによりこの時代に生きている人々特有の「活力」と「諦め」のような空気感が再現されているのです。

 

ギラギラした生命感と封建的な社会に自分を殺しているような虚無感。

 

「午前10時の映画館」で黒澤明の映画でも観ているようなエネルギーとノスタルジーがあるのです。

 

でも映像の解像度や技術力に関しては、確かに現代のそれなのです。

 

遥かに広がる砂漠のシーンなんてDUNE/デューン 砂の惑星」にまったく引けを取らない美しさです。

技術を駆使して宇宙や未来を再現する監督はいますが、巨匠は1969年中国を人の心のあり様も含めて再現しています。

 

その手管にチャン・イーモウの恐ろしさを感じました。

 

もうひとつ感じたことは「巨匠、エロいですねぇ(笑)」ということです。

 

本作で映画デビューのリウ・ハオツンは貧しい少女の役でいつも煤汚れています。

 

でもオーディションで選ばれたという彼女は、貧しい恰好をしていても輝きを隠せていません。

 

そして時が流れて再び主人公と再会するシーンでは、ぱあっとスクリーンが煌めくのです。

 

彼女が劇中ではじめて見せる笑顔に思わず息をのみます。

映画初出演のリウ・ハオツン

コン・リーや「初恋のきた道」のチャン・ツィイーなどが『イーモウガール」と呼ばれているそうですが、巨匠に見出された女優さんは世界に羽ばたいていきます。

 

リウ・ハオツンの煌めきは劇場をあとにしても印象に残ります。

 

文革時代の中国とひとりの少女を圧倒的な映像美でフィルムに焼き付ける巨匠の魔術。

 

どっちもすごい次元でやっちゃうチャン・イーモウ、おそるべしです。

監督 チャン・イーモウ

onesecond-movie.com