映画館に帰ります。

暗がりで身を沈めてスクリーンを見つめること。何かを考えたり、何も考えなかったり、何かを思い出したり、途中でトイレに行ったり。現実を生きるために映画館はいつもミカタでいてくれます。作品内容の一部にふれることもあります。みなさんの映画を観たご感想も楽しみにしております。

映画「オードリー・ヘプバーン」 愛されることではなく愛を与えること

瘦せすぎ、鼻も大きい、足が大きいのも嫌い。


オードリーは1929年生まれ、世界恐慌の年だ。

ローマの休日」の愛くるしい笑顔と無邪気さで世界から愛される女優になった。

初主演にしてアカデミー主演女優賞を射止めている。
audrey-cinema.com
また「ティファ二ーで朝食を」のリトル・ブラック・ドレスに代表されるように作品でまとった衣装も印象深く、没後30年の今もファッションアイコンとして色褪せない。

父はナチズムの信奉者で、彼女が幼少の時に家を出て帰ってこなかった。

バレエダンサーを目指していたが、第二次大戦時の栄養失調が原因で夢はかなわなかった。

貴族家系である母は愛情表現の上手な人ではなかった。

2度の結婚と、2度の離婚を経験した。

映画の出演より、子どもと過ごす時間を優先しようとつとめた。

スターになってから父を探し出したが、その再会は決してあたたかなものではなかった。

彼女の生涯をたどると、女優全盛のまばゆい美しさも魅力だが、ユニセフで子どもたちに深い愛情を注いでいる痩せた皴の目立つ姿に感じ入る。


世界中から愛されているようで、実生活で親密な愛情を得ることが困難だったオードリー。

そんな彼女が行きついたのは、愛されることではなく愛を与えることだったのが心にささる。

自己主張の控えめな彼女が、自分が壇上に立てば世界から支援を引き出し子どもたちを救えると前に出ていった。

人道支援の政治化ではなく、政治が人道化する日がくることを信じている」と。

冒頭は、オードリーの自分自身への評価だ。

自分のことを美しく特別な人間とは思っていなかったという。

1993年に63歳で没している。

まだそんなに若かったのか。

彼女のことを考えると彼女の主題歌とも言える「ムーン・リバー」が流れてくる。

#オードリーヘップバーン